神奈川簡易裁判所 事件番号不詳 判決
主文
被告人は無罪
理由
(罪となるべき事実)
公訴事実は、被告人は横浜市鶴見区向井町三丁目二百八番地自宅において、合資会社加藤仙助商店の無限責任社員として、清涼飲料並に保存飲料の製造販売業を営んでいるものであるが、乳製品製造販売業株式会社守山商会が特許庁に登録済(昭和二十七年四月十四日、登録第四一〇六八八号、同日登録第四一〇六八九号、同年六月十二日、登録第四一二四二一号、同年六月四日、登録第四一二二一三号)の商標入硝子製小壜を使用し、第一、昭和二十八年十二月頃より昭和二十九年一月二十九日までの間に前記自宅において、山口次郎他四名に右商標入硝子製小壜に自己製産と同一商品であるコーヒー牛乳を壜詰にした製品九十四本を販売し、第二、昭和二十九年一月三十日前記自宅において販売の目的をもつて右商標入硝子製小壜に自己製産と同一商品であるコーヒー牛乳を壜詰にした製品三百七十三本を所持し、もつて他人の登録商標と同一の商標を商品に使用したものである。この所為は商標法第三十四条第一号の罪に該当するというにある。
なるほど当裁判所の事実取調の結果によれば、被告人が前記公訴事実の如く、他人の登録商標である前記商標「盾形と覚しき図形」の付しある硝子製小壜の古壜を利用して、同商標と同一なる合資会社加藤仙助商店の製品たるコーヒー牛乳を販売しまたは販売の目的をもつて、これを所持したことは明らかである。
ところで、企業者が他人の登録商標の付しある古壜を利用し、これを自己製品の容器として使用することは、好むと好まざるとを問わず、従来より殊に前大戦中は勿論、現在に至るまで普ねく行われている顕著な事実である。かかる事実は商標権が独立的排他的性質を有する所謂工業所有権の一種として認められる以上、法律上は勿論道義上から観ても好ましいことではないといえる。
それにしても、これを刑罰として商標法第三十四条第一号の罪ありとなすにはその要件として、利用者において、他人の登録商標の付しある古壜を利用することの認識あるだけでなく、少くとも、その商標権者の商品と利用者の商品とが、混同誤認の生ずるおそれあることの認識あること並びにこの両商品が混同誤認の生ずるおそれあることを要する。
従つてその認識なくまたその両商品が混同誤認の生ずるおそれなき場合においては、同法条の罪を構成しないものと解する。このことは商標法が商標に関し、企業経営上の信用確保と不正競争防止を目的とすることから考えても明らかである。
そこで、更に進んで当裁判所の事実取調の結果並びに押収物により検討するに、被告人が前記登録商標の付しある古壜を利用する方法としては、合資会社加藤仙助商品の王冠並びにレツテルを使用し、王冠は赤地に「TRADE◎MARK」として、蛇の目印◎の標識を付し、更にローマ字にて「KATO,CO」その他の文字を記入し、またレツテルは食品衛生法第十一条の規定を遵守すると同時に、黄褐色模様地に蛇の目印◎の標識を付し、更に横文字にて濃褐色の「コーヒー牛乳」「MILK COFFEE」「合資会社加藤仙助商店」その他の文字を記入して、これを容器の肩部に貼付して商品区別の標識となし、前記商標権者の商品とは、別個なる合資会社加藤仙助商品として取扱つて居ることが明らかである。
従つて後記説明に照し、被告人がこの両商品が混同誤認の生ずるおそれありとの認識があつたとは認め難く、他にその認識があつたことの証拠として採用すべきものも存しない。
次に被告人が、前記商標権者の商標の付しある古壜を利用したことにより、商品の混同誤認のおそれあつたとの証拠として、採用すべきものも存しない。加うるにその古壜はコーヒー牛乳またはグリコ等の容器としては、一般ありふれたものと認むべき、硝子製小壜の菊型であつて、これに付しある前記登録商標「盾形と覚しき図形」は壜の中央部に同色のやや隆起した浮出しに過ぎないから、これだけでは人の注意を惹き難く、またこれに気付く者があつたとしてもその商標を度外視して一般に注意を喚起する王冠またはレツテルを注視するのが自然である。従つて、現に取引者または需要者は、その王冠またはレツテルを商品区別の標識として、普ねくその取引が行われていることは明らかな事実といえる。
このことは他人の商標の付しある古壜が普ねく利用せられていることの顕著なる事実、現に雑誌等におけるビールの広告には標識の付しある王冠だけを表示するものあり、またビールの容器として、その容器自体には無標識のものあること並びに大量の生産にかかる各
ビールまたはサイダーにつき互に他人の商標の付しある古壜を利用するに拘らず、一般がその容器自体に浮出したる商標を顧慮することなく、その容器に付したる王冠またはレツテルを商品区別の標識となし、共に混同誤認の生ずることなき、日常の経験等に鑑みて、これを知るに充分である。従つて被告人が前記の如く、前記登録商標の付しある古壜を利用して、合資会社加藤商店の王冠並びにレツテルをこれに付し、同商店の商品として取扱つていることが明らかなる以上、一般はこの王冠またはレツテルによりて、商品区別の標識となし得べく、これと前記商標権者の商品とは決して混同誤認の生ずるおそれないものといわねばならない。
更に前記商標権者の商品にも王冠並びにレツテルを使用し、王冠は自己の登録商標「盾形と覚しき図形」を付し、レツテルは赤地に白色の縦文字「珈琲牛乳」等の文字を記入し、これをその容器の肩部に貼付しありて、被告人の使用した前記王冠並びにレツテルとは外観、体裁、模様、色彩等を異にし、一見これを比較するも共に商品の混同誤認を生ずるおそれなきことは明らかである。
されば、被告人の前記所為は到底商標法第三十四条第一号所定の罪を構成しないものといわねばならない。
よつて刑事訴訟法第三百三十六条に従い主文の通り判決する。